人間でしかなかった時間を「人」にしてくれた
生徒さんから、タイトルのような言葉を頂きました。
この生徒さんです
スキャナーで取り込んでもらう作業は、ご本人に。私は預かって行ってそれを一枚ずつにトリミング。
膨大な写真がありました。
「わたしの祖父の時代からの写真です」
これをデータにして、息子さんたちや親戚の方へ渡したいとのこと。
無事、スキャンが終了し、ここからは私がお手伝い。
ひとつのデータの中に、数枚の写真が入っています。
その元を取っておき、水平の調節をし、トリミング。
この単純作業を合間を見てやっていました。
レッスン日になるまでの生徒さんの宿題は、
そのおじい様が遺した、手書きの文献を活字にすること。
それを少しずつしてもらい、すごい量。
5月のレッスン日、トリミングが終了した写真を生徒さんのパソコンへ入れ、
そこから、その写真についてのいろいろな話が出てきました。
そして、驚いたのが、その生徒さんはそのおじい様には会ったことがなく、
遺してあった文献をみて、いろいろわかったそうな。
そして、自分はそのおじい様と性格も気性も似ているらしい。
話が変わりますが、その生徒さんは以前、私にこんな話をしてくれました。
「自分はいつ迎えが来てもいいように、静かに時を待っている」
そして、今回はその話にこんな言葉が付け加えられました。
「でもね、待ってる時間って本当に何もないんもんなんです。
その間というのはとても長くて、“空(から)”なんです。
“空しい”というのは“空(から)”と書きます。
だから、以前はただの“人間”でした。
その間に、先生が教えに来てくれて、
自分から“間(あいだ)”を取ってくれ、“人(ひと)”にしてくれました。
本当によかった。電話して。まだ、もう少しだけお付き合い願います」
こちらこそ。
もう少しだけ、一緒に時間を過ごしましょう。
迎えに来るのが先か、卒業するのが先か、
競争です。


