ちょびパソStyleができるまで①@「できることがどんどん減っていく日々」
ちょびパソStyle山口です。
この教室ができるまでを少しずつお話をしたくなったので書いていこうと思います。
ちょびパソStyleは、パソコン・スマホタブレット初心者の人が学びたい時や困ったときに、気軽に通えて、気軽に聞ける場所として、約20年ほど北海道十勝芽室町の自宅の一室で営業しています。
この記事の一番下に、営業案内があります。
今から20年ほど前、素晴らしいぐらいの体調の崩し方をしました。
きっかけは、「咳」。
寝られないほど、夜になると出る咳が私を苦しめました。
当時、まだ断乳していなかったため、薬も飲めない状態。
私は自然卒乳をしたかったので、限界まで我慢していました。
(2018年友人のお孫さんのお写真)

限界まで我慢する日々の中、体重が40キロを切ったころから
日常生活ができなくなってきました。
不思議なことに、母乳はとてもとてもたくさん出る。
でも、私は食べ物を受け付けても、日中まで出るようになった咳で
食べることすらままならなくなりました。
そして、病院へ行くと薬を飲めば咳が少しは楽になるが
断乳しなければならないことを先生に言われました。
1週間だけ薬を飲む時期を先送りし、断乳を決心しました。
当時の第2子は1歳10か月。
私の体重は37キロまで落ちていました。
1歳10か月のお子にこんこんと説明しました。
わからないかもしれないけど、話し続けました。
そして1週間後に「最後だよ」って言って飲ませた後に
第2子は「バイバイ」と、私の胸元へ手を振りました。
もちろん、次の日からも欲しがります。
そして、「バイバイしたよね」と、説得します。
第2子は泣き叫びます。
私も泣いています。
おっぱいも飲んでほしいと、やせ細った身体なのに
パンパンになっています。
が、飲ませるわけにはいきません。
完全に断乳できるまで、寝ている間に娘がセルフで飲んでしまっては大変なので
完全に忘れるころまで薬は飲みませんでした。
それが終わるまで約2週間。
その時には体重は36キロまで落ちていました。
100メートル歩くにも、息が上がり、家事をしようにも、10分動いたら30分横になって休まないとできない状態になっていました。
脂肪も何もなくなり、ふかふかの座布団の上でしか座ることができないほど
身体中の骨という骨が出ていました。
薬を飲むために、食事をしますが
美味しいはずのご飯が、無機質な紙や段ボールを食べているような感覚。
口の中に食べ物を入れても、嫌な感覚しかなく噛むことができません。
それほど私の身体は弱っていました。
でも、食べないわけにはいかないので
柔らかめに炊いたご飯に味噌汁をかけて
さらさらと数口入れる日々を続けます。
体重はなかなか戻りませんでした。
つづく
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